外から見てわかること (少子高齢化と移民政策について)

私は会社員時代を中心に、22か国へ計67回の海外渡航を経験しました。今振り返ると、とても貴重でありがたい体験だったと感じています。なぜなら、日本の中だけで物事を見るのと、海外から日本を客観的に眺めるのとでは、視点が大きく変わるからです。

そのおかげで今でも欧米やアジアからさまざまな情報が届きます。中には、日本のマスコミや「有識者」と呼ばれる人たちが伝えている内容とは、かなり異なる情報も少なくありません。特にヨーロッパにいる友人や家族を通じて得る情報は、中立的で現実的なものが多いと感じます。例えば、オバマ元大統領ゼレンスキー大統領についても、日本国内での評価ほど高くはありません。こうした視点の違いは、海外経験を通じて初めて実感できることだと思います。

最近、私がもっとも違和感を覚えるのは、日本のマスコミや一部の有識者が「少子高齢化は世界共通の問題だ」と繰り返し主張している点です。これは事実と異なります。実際にそう言えるのは日本と韓国くらいでしょう。

国連の統計によれば、世界人口は現在約82億人で、2050年には97億人に達すると予測されています。特にアフリカ、インド、東南アジアでは人口が急増しており、これらの地域はむしろ「多子少高齢化」と呼ぶべき状況です。また、米国・英国・フランス・中国・ロシアといった大国も、少子高齢化の問題は日本ほど深刻ではありません。このブログの「少子高齢化は日本特有の問題」のデータをご覧いただければ、その違いは一目瞭然です。

一方で、米国やEU諸国では、従来からの移民受け入れに加えてアフリカ系やインド系の人々も増加しています。各国はすでに「これ以上は受け入れたくない」とブロックを強めつつあり、その反動で日本が新たな移民の標的になるのではないかという懸念が世界から聞こえてきます。

実際、街中でも以前は中国系、近年は東南アジア系、そして最近はインド系の人々を目にすることが増えたと感じる方が多いでしょう。
右派が「日本ファースト」を掲げて純潔主義を主張しても、日本は世界一の人手不足の現実を直視すれば、移民なしに社会が成り立たないことは明らかです。逆に左派が「人種や性別による差別は許されない」とDEI的理想論を並べても、現実的な解決にはつながりません。その間にも、多くの国民は議論そのものに無関心で、日本がアフリカ系やインド系移民の“格好の標的”となる可能性が指摘されています。

だからこそ、移民受け入れについては、文化・慣習・宗教・家族構成・経済状況・教育的背景といった多様な要素を十分に踏まえ将来に禍根を残さないように直ぐにでも慎重な議論が不可欠です。単に「人手不足を補うための3K労働力」として貧しい国から人を受け入れる従来型の姿勢からは、必ず脱却しなければなりません

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