小説を出版した理由(2) (文化・芸術を大切にする想い)

貧すれば鈍する」という言葉は、いまの日本の政治やジャーナリズムにそのまま当てはまるように思います。私たちは「失われた30年」から脱却し、国家・自治体・企業が一体となって、日本の豊かさを取り戻さなければなりません。

ところが世の中では、「財源の有効活用」を理由に、人文系大学の予算削減や規模縮小公共文化施設の閉鎖が進められています。資本主義社会に生きる以上、組織は収益部門で稼ぎ、その利益を住民の暮らしに還元することが必要です。福祉は単に弱者救済のための援助やサービスにとどまりません。文化や芸術を守り育てることもまた、社会を豊かにする大切な「福祉」の一部です。これを軽視すれば、日本の未来に禍根を残すでしょう。

私はかつて小説のヒロインリアリティを感じ心を動かされた経験があります。たとえば「初恋」のジーナイーダ、「緋文字」のヘスター・プリン、「蒲団」の横山芳子、「痴人の愛」のコケティッシュなナオミといった人物たちです。彼女たちは読者に生々しい現実感を与える存在でした。ところが最近の作家が描くヒロインには、そのようなリアリティをあまり感じられず、魅力を覚えません。

同じような違和感を、最近のメディアに登場する「有識者」に対しても抱きます。紋切り型の発言をもっともらしく語る姿には、現実感を欠いて見えます。日本の最高学府や海外の一流大学で学んだ知識を備えていても、現場感覚が乏しいことは隠せません。そして、そうした人たちの鼻っ柱を折って、現実に引き戻す「ご意見番」のような存在も、いまではほとんど見られなくなりました。

私の著書『コペンの秋』は、昭和を舞台に神奈川県西部地区を背景とした、源氏物語を意識した大人向けのファンタジー小説です。登場する女性たちには、ジーナ、芳子、ナオミのように、恋愛のときめきのリアリティーを感じさせる人物像を与え、意識的に「昭和らしさ」を残しました。現代の価値観から見ればポリコレやコンプライアンスに反すると言われる部分もあえて描いています。過去の文化をありのままに伝えることも、DEI(多様性・公平性・包括性)の理念に通じる大切な営みだと考えるからです。

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