高専の役割

昭和38年(1963年)、私は開校して間もない国立沼津工業高等専門学校(高専)に入学しました。
もともとは神奈川県のトップ進学校である湘南高校に進み、東京大学を目指すつもりでした。しかし、中学2年・3年のときに体調を崩して長期間欠席したため、周囲から健康面を心配されました。

当時は「四当五落」と言われ、難関大学に合格するには睡眠時間を削るほどの受験勉強が必要とされていました。そのため、「無理をして体を壊すより、高専に進学して普通に学べば静岡大学工学部へ、さらに努力すれば東京大学や東京工業大学への編入も可能だ」と中学校の校長に勧められ、その言葉を信じて高専への進学を決めました。

当時の沼津高専は開校2年目で、入試倍率は約15倍と非常に高く、静岡県のトップ進学校である静岡高校や浜松北高校よりも難関とされ、神奈川県の湘南高校をも凌駕するレベルだと言われていました。実際、入学後に行われた静岡県内全高校対象の一斉テストでは、英語・数学ともにダントツに県内1位の成績でした。

しかし、入学後しばらくして、この学校が当初のイメージとは、良くも悪くも大きく異なる特徴を持っていることに気づきました。この点については、後ほど詳しく述べたいと思います。

昭和43年(1968年)に高専を卒業した私は、富士写真フイルムに就職し、商品開発の設計部門に配属されました。この事は私にとって非常に幸運でした。高専で学んだ知識を存分に活かして、日本の高度経済成長期において技術者として充実したキャリアを歩むことができたと感じています。

現在、高専卒業生は全国で約50万人、そのうち本科卒業者は30数万人にとどまります。これは日本の人口の約0.3%であり、博士号取得者よりも少ない、いわば「レアメタルの様な希少な人材」です。大企業への就職率は高く、関連業界では高く評価されていますが、一般社会、とくに文系職種の多い分野では、専門学校や工業高校と混同されるなど、正しい理解が十分に広まっているとは言えません。

現代は「現場力の低下」が課題とされ、「失われた30年からの回復」が求められています。こうした状況の中で、その解決に向けた一つの提案として、高専の役割について考えてみたいと思います。

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