小説を出版した理由 (3) (若い世代へのメッセージ)

私は、終戦直後に生まれました。戦争の爪痕が、まだ暮らしのあちこちに残っていた時代です。

同世代の仲間と同じように、私は戦争の悲惨さを肌で感じながら育ちました。一方で、焼け野原の中から立ち上がっていく日本の姿を見て、「明日は今日より良くなる」という希望も、確かに感じていました。

だからこそ私は、「二度と戦争を起こしてはならない」という思いとともに、その時代を知る者として、後世に伝える**「語り部」の一人でありたい**と考えています。

私の生まれ育った場所は箱根です。両親は富士屋ホテルに勤めていました。その関係で、昭和天皇やマッカーサー、政府要人、文化人、進駐軍の人々と接する環境が、身近にありました。

そのため当時の一般家庭では考えられないような、大きなハムサンドやコカ・コーラ、リグレイのチューインガム、ハーシーズのチョコレート、ソフトクリームといった、アメリカの豊かな食べ物にも囲まれて育ちました。

しかしその一方で、同級生の中には、疎開して農家の納屋で暮らしている子どもや、養護施設で育つ黒人・白人の米兵の孤児もいました。
おもちゃはほとんどなく、私は百人一首の絵札をおもちゃ代わりにして遊んでいました。

自宅は、茅葺き屋根の明治時代の古民家でした。屋根は傷み、家も古く、幼い私は「自分はとても貧乏なのだ」と感じていました。

かさと貧しさが、秩序なく混じり合っている――今振り返ると、そこは矛盾を抱えた資本主義社会そのものの縮図のような場所だったと思います。
その原体験が、私の小説『コペンの秋』の出発点です。

昨年、私は小説『コペンの秋(上・下巻)』を出版しました。執筆のきっかけは、一昨年、朝日新聞主催の「Reライフ文学賞」に応募し、「選外佳作」に選ばれたことでした。

私は、小説とは、その時代の文化や空気を映し出すものだと考えています。近年見られる、歴史を都合よく書き換え、美化する風潮に強い違和感を覚え、当時のありのままを残したいと思い、筆を取りました。

是非は別として、当時はパワハラやセクハラ、喫煙や飲酒のマナーなども、今より社会全体がおおらかでした。それは、生きることに精いっぱいで、他人の評価を気にしたり、忖度したりする余裕がなかった時代だったからかも知れません。

戦後の昭和から平成にかけては、個人も社会も「上昇志向」の時代でした。私は、自身の青春期から老年期までを、形を変えながらも『コペンの秋』の中に投影しています。また、私自身が体験した戦争や軍事に関わる出来事も、その一部を作品に織り込みました。

・中学時代の同級生が、米兵としてベトナム戦争に赴き、20代前半で戦死したこと
・30代後半、ドイツ出張中にチェルノブイリ原発事故に遭い、被曝を経験したこと
・同じ頃、アラブゲリラによる襲撃事件に遭遇したこと
・40代前半、デンマーク滞在中にNATO軍の市中射撃訓練に巻き込まれたこと
・60代後半、アメリカ大使館でキャロライン・ケネディ大使と面会したこと

私はこれまで、23か国・67回の海外渡航を経験しました。その中で、麻薬患者に絡まれたこと、詐欺やスリ、強盗、偽ブランド販売など、国内では想像できない多くの犯罪やトラブルにも遭遇しました。

それらすべてが、世界の現実を知る体験であり、小説を書く上での、かけがえのない材料となっています。

今の若い世代に望むこと

かつての若者は、夢を見る余裕があったからこそ反抗できました。自分たちが世の中を作っていくのだという、荒武者のような気概があり、精神的に自由でした。

今の若者は、夢を見る余裕すら奪われ行き場を失っているように見えます。しかし、これは若者の問題ではありません。

政治も社会も、「高齢者か若者か」、「財源か施策か」という、ゼロサムの発想から抜け出せない"委縮社会"です。これは世代の堕落ではなく、社会設計の失敗です。

本来、政治や社会は、新しい時代を切り開く場であるはずです。私は、西郷隆盛勝海舟のように、時代全体を見渡し、人を包み込むスケールの大きな人物の出現を、心から望んでいます。

なお、『コペンの秋(上・下巻)』は一般書店では販売していませんが、アマゾンで購入できます。ご興味のある方には、ぜひ検討していただければ幸いです。

 

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です