フイルム会社の総合職として入社し、感光材料の現像装置の研究開発に従事。足柄及び開成町宮台機器開発センターで企画・設計を担当し、それまで欧米のOEM品に頼っていた印刷・医療関連商品の内製化を推進しました。

1986年にドイツで開催される世界的な印刷機材展「DRUPA」に出品した自社開発製品のノックダウン生産のため欧州各地を調査し、デンマーク企業と提携。北欧人と協働して「仕事と生活のバランス」の大切さを学びました。

管理職として設計部門を統括。IТ技術への移行の中で、CAD・CAM・CAEを通し「ものづくり」がデジタル一貫体制へとシフトする流れを実感しました。

58歳で早期退職。英国留学後、地元で英語教室講師国際交流ガイドを行いました。
 
後期高齢者の仲間入りを機に、一念発起。海外渡航歴23ヶ国、67回で培った世界感をベースに、小説を上梓しました。